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東京都現代美術館を埋め尽くした「全景」展の物量について水野は、次のようにいう。
――物量は物量であり、別に才能があろうがなかろうが、たくさん描けば誰でも物理的には到達可能な地平である。
ここで水野亮は、「物量が凄い!」という驚きの氾濫に異和を呈しているのだが、物量に対する大方の驚きは当を得ていると、ぼくは思う。「周知の通り、息苦しくなるほどの「圧倒的な」物量を並べる展示を、彼は常のスタイルとしている」のであって、たとえ「事前の予想を下回った展示」であったとしても、「物量」戦術に何ら変わりはない。問題は、ボードレール流の「驚き」の美学に立ち止まって、集積された「物量」の意味――あるいは、これまでの「物量」戦術との差異――にまで認識を透徹させえないジャーナリストたちのマヌケさであろう。彼ら/彼女らに比すれば次の水野亮の指摘は透徹している。
――むしろ大竹ならばもっと「圧倒的」な展示もできたであろうに、なぜ現代美術館のあの空間に自らの半生を無理やり嵌め込むような、抑揚を欠いた年代順による淡々とした展示にしたのか?そこにこそ、この展覧会の核心はあるような気がする。
「現代美術館のあの空間に自らの半生を無理やり嵌め込むような」展示について、ぼくは、先のレポートで「パラノイアックなまでに急進化したナルシシズム」を指摘したのだが、この指摘は、「抑揚を欠いた年代順」の展示や物量的な展開よりも、むしろ集積にかかわっている。大量に描くことと、集積することとは別の行為であり、自作の集積は――それが本人によるものであれ、第三者に委ねたものであれ――ナルシシズムに深くかかわっていると考えられるからである。
このような展示について、水野は、友人が語ったという「自分にとって過去のすべての時間は均質だということをいいたかったのではないか?」という言葉を紹介しているが、この言葉は、まさしくナルシシズムの本質を突いている。ナルシシズムとは、自己同一的な循環構造において成り立つものであるからだ。そこにおいては、何も変わらない均質な自己だけが、うっとりと望み見られるのだ。
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もちろんナルシシズムじたいは決して珍しいことではない。それは何処の誰にでも見いだされる。というより、ナルシシズムは、衣食足りた現代人が抱えている度し難い宿痾であるとさえいえるように、ぼくには思われる。たとえばエステ・ブームは、そうした現代人の病を端的に示している。
だからこそ、ぼくは大竹のナルシシズムに現代性を指摘し、この展覧会に若者たちを鼓舞する力を見いだしもしたのであった。この点でも大竹の展覧会は、時代の「底」に届いていたということのができるのだ。それが出来たのは、彼が「大芸術家」だからというよりも、徹底して現代を生きようとした――あるいは生きざるをえなかった――からであるのにちがいない。むろん大竹に展開がないわけではなく、ポップ・アートやネオ・エクスプレッショニズムをはじめ、さまざまなムーヴメントを契機とする展開がみとめられるものの、展開は、つねに「大竹伸朗」に還ってゆくように見えるのである。
ただし、大竹展に見いだされるナルシシズムは単なるナルシシズムではない。向こう三軒両隣や会場をさまよう若い人たちのナルシシズムは慎ましやかに心中に畳み込まれているのを常とする。大竹伸朗は、それを東京都現代美術館の壁や床いっぱいに繰り広げてみせた。あるいは、繰り広げることができるところまでナルシシズムを押し通してきた。ここには余人の追随をゆるさない過剰さがある。それは「平凡でありきたりの「日常」」を越えている。過剰と徹底によって大竹は「突出」しているのだ。集積された物量が、そうした過剰と徹底の類同代理物となっていることはいうまでもない。なにしろ「周知の通り、息苦しくなるほどの「圧倒的な」物量を並べる展示を、彼は常のスタイルとしている」のだからである。
さて、それでは、このたびの展示における物量の意味を水野亮は、どのように解釈しているのであろうか。
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――彼は「突出したところのない平凡な画家でも辿り着ける極限点」に立っているからこそ「突出」しているのではないか?
――全景展とは、「平凡な絵描きでもこの道を進んで行けば誰でもいつかは辿り着ける場所だけれど、結局実際に辿り着き、そして現在進行形で邁進し続けているのは大竹伸朗しかいない」ということを示した展覧会だったのではないだろうか?
水野亮が「展覧会の核心」を語った部分である。たとえばパブロ・ピカソの作品を以て東京都美術館を埋め尽くすことは難なくできるだろうが、大竹展の場合、それとは次元が異なっている。「質」や「才能」が問われる次元そのものを大竹は転換していると水野はいうのである。それゆえにこそ、今回の物量作戦は、「予想を下回った展示」でありこそすれ、従来とは異なる重要な意味もしくは表現価値をもちえたというわけだ。他の箇所で水野は、「大竹は敢えて自分の才能を「見せ付ける」スタイルではなく、才能の大きさにかかわらず「絵描きだったら誰でも(理論上は)達成可能な展示」を選んだのではないだろうか」ともしるしている。
水野のこうした見方は、状況への警戒感に由来している。それはartscapeに寄せられた福住廉の「アイドル!」展の展評に言及していることに示されている。そこで福住は、「誰だってアーティストになれる」という「ポピュリズム」が、「大芸術家を待望するメンタリティ」を反動的に喚起しつつある状況について語っているのだ。
福住廉が指摘するような状況は、たしかに到来しつつあり、こうした状況に対する異和を、ぼくも福住や水野と共有できる。しかし、それにもかかわらず、大竹の立ち位置が「突出したところのない平凡な画家でも辿り着ける極限点」であるという水野の指摘には異和を覚えざるをえない。
さきにも述べたように、大竹伸朗のナルシシズムは度を越したところがある。これを以て「大芸術家」の証とするわけには勿論いかないが、しかし、「平凡」であるともいえない。この物量の集積は「非凡」とこそいうべきだろう。なにしろ、このような展覧会を実現できたのは「大竹伸朗しかいない」のだ。それを可能にしたのは、「才能」や「天才」という語で呼ばれる垂直的もしくは内包的な「突出」ではなく、水平的ないしは外延的な「突出」であるとしても、かかる「突出」は、定義上、「平凡な絵描き」のものではありえないし、「突出」によって至りつく「極限点」が「誰でもいつかは辿り着ける場所」であるとは考えがたい。水野は、内でもあり外でもある「極限点」の――それは、ぼくが「底」と呼んだものにほかならない――アンビヴァランスに、もっと思いを致すべきであった。そこは「誰でもいつかは辿り着ける場所」に接していながら、しかし、決して「誰でもいつかは辿り着ける場所」ではないのだ。
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時代に即応しつつ、そこからあふれ出るような過剰なナルシシズムの拠って来るところ(水野のいわゆる「初期衝動」)が何であるのか、それを突き止めたいと思うほど、ぼくは大竹という作家に関心をもっていない。ただ、凡常ではないナルシシズムの実践を、あたかも「入学したての美大生の「妄想」」のごとくに見せかけ、実践によって至り着いた場所を「突出したところのない平凡な画家でも辿り着ける極限点」であるかのごとくに示してみせたところに、ぼくは関心を抱くばかりだ。そこにこそ今回の展示の意義はあると考えるからである。
すなわち――「全景」展は、大竹の表現の「質」や、それを可能にする「才能」をレトリカルに物量のなかに相対化してみせることで、大竹の非凡なナルシシズムを観衆のナルシシズムに同期させ、そうすることによって「突出したところのない平凡な画家でも辿り着ける極限点」という幻想を観客に与えたのではなかったか。いいかえれば、芸術上の「ポピュリズム」に荷担するかにみせて、その裏をかき、同時に「大芸術家を待望するメンタリティ」の裏をもかいてみせたのではなかったか。これが、ぼくの見方である。
水野亮の結論は、次のようなものだ。
――そしてそれは突出した稀有の「天才」を、平凡でありきたりの「日常」が凌駕できるということを証明した、美術史上における「事件」だったのかもしれない。
しかし、大竹伸朗「全景」展は、「突出した稀有の「天才」を、平凡でありきたりの「日常」が凌駕できるということを証明」してなどいない。この展覧会は、芸術上の「ポピュリズム」を煽り立てる優れてアイロニカルなアジテーションであり、水野亮もまた、展評を再構成的に読むならば、そのことに気づいていることがわかる。それにもかかわらず、これを「証明」と結論させたのは、評者自身の切なる願望か、さもなければ内なるアンビヴァランスなのではないだろうか。これは、しかし、決して評者の欠点ではあるまい。むしろ、作家としての優れた資質の証であるというべきだろう。(kitz)
とりあえず触発されて頭に浮かんだことをざっと書きます。
大竹伸朗は僕にとってかなり特別な作家です。
ひとつは【1】自分がもっとも影響を受けた作家の一人であること(多分僕が文章の中で使う一人称「俺」(を多分にナルシズム的に使ってるわけですが)は、出自を辿ればたぶん大竹の「俺」に辿り着くと思いますw)。
そしてもうひとつは、【2】大竹伸朗について書かれた文章は大竹伸朗本人が書いた文章以外は、「まったくピンとが外れた文章」か「既にわかりきったこと今更書いてる文章」しか読んだことがない、ということでした。
【1】ゆえに【2】があるのか、それとも【2】の中にこそ大竹伸朗という作家の「特異性」が隠されているのか、その答えはまだ出せていませんが、どっちにしろ大竹伸朗について何か文章を(特に展評を)書くことは、僕にとっては「手に負えないこと」です。
にも関わらず今回展評を書いてみたのは、全景展に伴い多くの大竹論が世を賑わせたわけですが、結局【2】的な感想しか抱けなかったことと、文章中にも書きましたが大竹に、「大芸術家を待望するメンタリティ」を求める動きに対する違和感。そしてだからこそ今このタイミングで「俺」なりの全景展の体験を文章化してみて捉えなおし、表明し「なければならない」という「切迫感」からでした。
だからこそ文章は「いっぱいいっぱい」ですが、ある意味その「切迫感」を表現するにはいいかと肯定的に捉えwこれでよしとしましたが、いくつか自分でも「これでは表現し切れていない」という文章や単語は散見されます。
特に最後の文章の「平凡でありきたりの「日常」」という語が適切かどうかは最後まで悩みました。
もちろん最終的にはこの語に賭けたので今更修正はしませんが、kitz先生の異論を読むことにより、この最後の文章に潜む「ねじれ」のようなものも見えてきました。
それについて書いてみたいと思います。
「そしてそれは突出した稀有の「天才」を、平凡でありきたりの「日常」が凌駕できるということを証明した、美術史上における「事件」だったのかもしれない。」のなかに、「反転させた」という言葉を組み入れたかったのですが、文章的にどうしても嵌め込めず断念しました。
問題はこの極めてこの文章内では居心地の悪い「日常」という単語だと思うのですが、しかしこの語にこそ何か「大竹伸朗」を、そして「表現の秘密」を探る鍵があるような気もするのです。
自分について言えば(僕の書く文章は煎ずればすべて自分のことになります)、絵を描くこと・表現することはすべて「日常」からの飛躍、いや離脱です。
絵を描く行為、絵を描いてるということ、そして描いた絵を作品として「この世界」に現出させること、それらがすべてが僕にとっては「平凡でありきたりの日常」からの離脱であり、そして「平凡でありきたりの日常」である「この世界」をそれ以外のナニカへと変容させるマジックです。
なぜ「平凡でありきたりの日常」から/を、離脱したい、変容させたいのか?
それはもっとも重要な問題であり、なかなか的確に表現することは難しいのですが、ムリヤリ言葉にすれば「神(という言葉をここで使うのが適切かどうかわからないのですが、とりあえず使います)」への反抗のようなものだと思うのです。
ともすれば人間は(そして「俺」は)「神」や「運命」など、「自分ではどうすることも出来ない巨大な力」の無力なものとなります。
そのことに対する畏れ、反感が、「神の創りしものを人の手で造る」というささやかな「反抗」、ともすれば「一発逆転(:反転)」にひとを(「俺」を)走らすのではないでしょうか。
「神」の創りし世界(「平凡でありきたりの日常」)を、「俺の世界」に変容させるという「ナルシズム」こそが、芸術の起源なのかもしれません。
本来「神」が創るはずのものを「人の手」が造った「作品」を、そして「神」が創った「平凡でありきたりの日常」を変容させる「展示」を。
僕が当初全景展に求めていた「圧倒的でムチャクチャな展示」とは、まさに「神」が創った「平凡でありきたりの日常」の象徴のようなあの無粋な「誰がやってもいつもの現代美術館」にしか見えないMOTの巨大展示場の変容だったのです(それが結局「いつもの現代美術館」に見えなかったことが、多分展示を見た際の僕の「失望感」の由来でしたが、結局大竹はそれとは違った形で「反転」を試みたのではないか、というのが展評の骨子です)。
展評の最終行の文章の問題は、その「日常」を「天才」と対比させたところあるような気がします。
ここで「天才」が出てくるのは大竹を大芸術家を待望するメンタリティ」への違和感に対応させたためですが、「天才」と「日常」が対比関係にない(「日常」が反転して「天才」になるわけではない)ので、文章に捩れが生まれているのでしょう。
ではいったい「天才」とは何か?
「天才」(わかりやすく「大芸術家」でもいいですが)は人間であり、「神」とは対立するものです。
「天才」とはもっとも「神の領域」に近付いた人間であり、もっとも「神の領域」に近付いた優れた芸術作品と同じく、その存在自体が「神」への反抗であり、「平凡でありきたりの日常」を反転させてくれるものです。
しかし「天才」(あるいは「大芸術家」)には、我々とは一線を隔したなにか「かけ離れた存在」というイメージもあります。
そしてそのイメージこそが大竹伸朗を「大芸術家」としてしまうことへの違和感に繋がっているような気がするのです。
大竹伸朗が、なぜ数多といる美術家の中でも突出して若者に指示され続けているのか?
もちろんその理由はいくつかあると思いますが、彼の立っている場所が「(理論上は)「ここ」から地続きの誰もが到達可能な場所」に「見える」(←重要)ことがそのひとつだ思うのです。
楽器を持てば誰でも三日でバンドが出来るように「見える」パンクや、100号なんて30分で描けるように「見える」ニューペインティングのように、大竹伸朗の仕事は「ここ」からは隔絶されてはいないのです(少なくともそう「見える」のです)。
勿論誰もがクラッシュやセックスピストルズになれるわけではなく、30分で描いた大竹伸朗の100号は大竹にしか描けないわけですが、でも「ここ」から地続きであるということは(特に前途に広大な希望を抱いている若者たちにとっては)まさに勇気と希望を与えられるものだと思います。
もちろん現代美術館の壁や床いっぱいに繰り広げられたナルシズムは、実際は(誰が見ても)大竹以外の誰も到達も追従もできないに違いありません。
でもそのナルシズムは、向こう三軒両隣や会場をさまよう若い人たちのナルシシズムと「地続き」なのです。
「地続き」ということはどんなに到達不可能なほど遠くにあってもそれは「地続き」であって、「理論上は」到達可能なのです。
つまり隔絶されていない、ということです。
そしてそここそが「大竹伸朗」の核心ではないか?ということが論旨だったのです(つまり「大芸術家」では「ここ」からは隔絶されてしまう)。
この展評では「岡本太郎」の名前が出てきたことが、僕にとってはそれでした。
もちろんそれは「ピカソを超える」に、そして大竹に「大芸術家」をみるメンタリティに対応して出てきた名前なのですが、しかし考えてみれば、「誰だってアーティストになれる」というポピュリズムは、まさに60年以上前に『今日の芸術』のなかで岡本が鼓舞したことでした。
岡本は同著で「絵の具の溶き方を覚えれば2、3日もすれば僕みたいな絵ならすぐ描ける。あたなに才能があって、自由な精神を持っていれば岡本太郎をしのぐことはわかがない」とパンクなスピリッツについて語っていますが、しかし岡本太郎と大竹伸朗は決定的に異なると、僕は思うのです(ちなみに僕は岡本も大好きかつ影響を受けた作家のひとりですが)。
その違いはまだうまく整理できていないのですが、なんとなくなイメージで書くと、二人とも「到達可能なように見えて決して誰にも到達できない場所」に立っていることは共通しているけれど、大竹のほうは理論上は可能でも実情は不可能な超遠方の「地続き」な場所にいるのに対し、岡本のいる場所は近くにも見えても決して到達できない「隔絶された場所」にいるような気がするのです。
岡本がそこにいるのが、彼が「大芸術家」になって(されて?)しまったからなのか、それとも「大芸術家」だから隔絶されているのか。彼をその場所に立たせたのは何なのか?
そこらへんまだ全然未整理です。
さて、さっそくですが、あなたのコメントは次のようにまとめることができると思います。
絵を描くことは、「平凡でありきたりの日常」的世界から/を離脱し、「俺の世界」に変容させようとすることであり、その根本には「ナルシシズム」がある。つまり、絵を描くということは、「ナルシシズム」を弾機とする一種の「マジック」である。この「マジック」は、一般には「大芸術家」にのみ可能であるかに思われているが、大竹伸朗の場合は――すくなくとも今回の展示においては――それが誰にでも可能なもののように「見せる」ことにおいて他の「大芸術家」たちとは異なる。ゆえに、大竹の仕事は、若者たちを鼓舞する力をもつ。
もし、この読みが正しいとすれば、ぼくは、あなたのコメントに対して全く異存ありません。それどころか、握手を求めたいほどです。あなたは、絵描きにとって大切なものを、しっかり掴んでいる(^^)
そもそも――あなたがコメントにしるしているように――仮に結論部分に「反転させた」という言葉が「捻れ」の表現として組み込まれていたら、そして、「極限点」のくだりに「見える」という単語が仕組んであったら、ぼくは異論を書く必要は少なくとも理論的次元にかんしては全くなかったと思います。ですから、ここで改めてコメントを書く必要もありません。
ただ、岡本太郎の『今日の芸術』にふれておられる部分について一言だけしるしておきます。
あなたは、岡本が「自由な精神」さえもっていれば、誰でも岡本太郎をしのぐことができると書いている点に注目して、そこに「ポピュリスム」を見いだしています。そして、それが大竹伸朗と決定的に異なるとしています。つまり、岡本が居るのは決して「地つづき」ではなく「隔絶された場所」なのだ、と。
同様の指摘を、かつて阿部良雄氏が書いておられます。誰でも絵が描けると扇動しておきながら、岡本は「精神の自由」を条件として付した。それはエリティスムではないかと阿部氏はいうのです。かつて僕もかかわった『フレーム』という雑誌の創刊号のインタヴュー記事における発言だったと思います。
確かにそのとおりなのですが、実は『今日の芸術』のこの主張には重要な前提があります。岡本は、同じ本のなかで、絵を描くこと――それも、ひたすらデタラメに描こうとすることによって人は自由になることができると書いているのです。つまり、岡本は「自由な精神」を手にするための手段として絵を捉えているわけです。
絵を描くことで自分自身を自由にし、その「自由な精神」を以てすれば岡本太郎をしのぐ絵を描くことができるだろう。『今日の芸術』のポピュリスム(「人民主義」という訳語を付したい思いにかられます)は、このような仕組みをもっているのです。
つまり、この本で岡本は二種類の絵について語っている。手段としての絵(人間を自由へともたらす絵)と、結果としての絵(岡本太郎をしのぐ絵)です。しかし、これらふたつの絵を、岡本は、あの本のなかで竟にうまく繋ぐことができずにいたように思います(残念ながら、いま本が手元にないのです)。
「古典」と呼ばれる歴史的な規範が君臨する芸術の世界は残酷な世界です。その世界にあって、これら二種類の絵をどう繋げてゆくのか。あなたとの、やりとりを通じて、こういう問題がぼくの手に残されました。
あなたが大竹伸朗の仕事について述べた次の一言が、いまぼくの頭のなかで電光掲示板の文字のように明滅しています。
――もしかしたら「芸術」とだって違うのかもしれない。
どうか、よいお年をお迎えください。では、また、そのうち現場研で。(kitz)